わこわこマラソンクラブ

9/27/2010

雁坂峠越え秩父往還143km走完走レポート

9月にしては暑さが身にしみる18日の午後1時半、私は新宿発甲府行き かいじ109号の車窓の人となった。12両編成の前から3両目、10号車の4Bに座り、明日から始まる143kmに及ぶレースに思いをはせた。車内では、今日から始まる3連休、最近はシルバーウィークとも言うそうだが、山へ出かける人、温泉に行く人、観光に出向く人など、それぞれがそれと分かるような支度をして、仲間や家族、友人とおしゃべりをしたり、遅めの昼食となる駅弁をほおばったりしながら、楽しい顔つきで窓の外を過ぎ去る風景を時折眺めながら、思い思いの期待をはせて目的地までの時間を過ごしているようだ。
私はといえば、上下ランニングウェアに身を包み、ランニングシューズをはき、肩には大きめのダッフルバックを下げてホームまでやって来たが、かいじ109号が1時過ぎに8番線に入線し、社内清掃が終わるまで20分ほどの間、ホームにたたずみまわりにいる人を観察していたら、間違いなく同じレースに出るであろうという人たちを多く見つけることが出来た。お二方ほど、いつも大会でご一緒させていただくランナーの方もいらっしゃり、少し心強い感じになる。
最近仕事で帰りが遅く、なかなか走るルートを確認する時間が持てなかったこともあり、車内で入念に地図と地形を頭に取り込むことに専念する。もともと地図を読むのはあまり得意では無いので、できるだけ途中曲がるところなど間違わないようにするためのシュミレーションを何度もしてみる。用心深いといってしまえば聞こえはいいが、実際は心配性で、なるべく心配の種を排除したいというのが本音だ。なにせ143kmにおよぶレースなのだから。
午後3時過ぎに終点甲府駅に到着する。ここでは前6両の指定席、後6両の自由席から吐き出された多くの旅客が改札口を目指して歩いている。改札を出て南口方面に進み、今日の一夜の宿となる駅から徒歩3分ほどのところにあるサンパークホテル内藤に荷物を預け、本レースの主催者でもあり、レースをサポートしていただくスポーツエイドジャパン・武蔵ウルトラマラソンクラブが開く「雁坂峠越え秩父往還143km走」の開会式及び競技説明会の行われるホテル談露館に向かう。駅から距離にして700mくらい。8分ほどだ。
既に多くのランナーが手続きを終え、ソファーでくつろいだり、あるいは競技説明の行われる会場内の椅子に座っている。受付では、いつも私達ランナーを暖かくもてなしてくれる舘山実行委員長、柳沢副委員長はじめ多くの関係者の皆さんの歓迎を受ける。雁坂の女王藤原さんや川の道などのレースでお世話になっている加藤さんの顔も見える。14年間様々な大会に出てきたが、これほどアットホームで暖かい主催者・団体は他には無いと断言できる、それくらい気持ちがよく、そして大会に出るたびに「ああ、帰ってきたなあー」としみじみ思うのである。
3時半に開会式が始まる。事前に送られてきたパンフレットをみると200名近いランナーがエントリーしているようだが、この会場には100名ほどしかいないように感じる。既に何度もこの大会に参加されている人は競技説明を聞く必要もなく、出走手続きをして飲みに繰り出したり、あるいは明日の朝5時からの出走手続きで済ませる方も多いのかしらんと思ったりした。
会のはじめに、今年のゴールデンウィークに行われた川の道フットレースのフル、前後半ハーフの3位までの入賞者の表彰式があった。私も昨年は後半、今年は前半を完走しているが、完走するだけではなくすばらしいタイムでゴールに帰ってこられるそのパフォーマンスには感嘆の声を上げるにふさわしく、会場の前で舘山委員長から賞品を授与される皆さんの顔には、心からの達成感がまたよみがえったかのようないい顔をされていたのが印象的だ。
続いて、昨年の本大会の表彰式が行われた。昨年はとんでもない記録が生まれたようだ。飴本さんという方が作った14時間57分34秒。2082mの雁坂峠を越え、143kmの道を走りきった記録。すごいというしかない。しかも、皆さん前で語ったレースの振り返りの言葉では、「たまたま体調がよかっただけ」という謙遜の言葉。見習いたい。
表彰が一通り終わり、甲府~川越に至るコース及びレースの説明が行われる。もちろん私は始めての大会なので一言も聞き漏らすまいと注意して聞き、そして大切なところはメモを取る。特に注意しなければならないのは、道を間違えないこと、そして怪我や事故を起こさないことだ。
最後に出走手続きを終えた人の名前を呼ばれ、一人ひとり立って挨拶をする。皆元気で、活力に溢れている。そんな風情だ。私の番号は404番。最後から一桁というところで呼ばれた。大きな声で「こんにちは」と挨拶をした。最後の最後に大会をサポートしていただく12名のスタッフが紹介された。いつもながら皆さんの全力のサポートには感謝してもしきれないほどだ。
定刻の5時半に会はお開きとなり、それぞれが三々五々ホテルから街に消えて行った。私は一旦本日の宿に戻り、食事をするための場所をフロントの女性に尋ねた。土地の名物や美味しいものはあるとは思ったが、やはり自分の中で大切にしているもの、それは「土地の美味しいラーメン屋さんを尋ねる」ことにある。宿から15分ほど南に下がったところに「六角亭」というラーメン屋さんがあるという。甲府城跡を左側から巻いてラーメン屋さんへとぼとぼ歩く。なぜとぼとぼかというと、これは翌日のレースのところに記す。
15分歩き、甲府で唯一の百貨店、岡島の裏に位置する六角亭にたどり着く。お店に入ると客は私が一人。6時にオープンということで店は始まったばかり。私が今日始めてのお客さんとの事。「お薦めは・・・」と聞けば、「うちはたんたんめんがうまいと思うけど・・・」という答が。たんたんめんを日頃余り食する習慣は無いが、お薦めに忠実に従うこととする。「辛さが選べます」と言われメニューを見れば、0倍から30倍まであるという。私ははじめ2倍というも、少々縁起も担いで3倍とした。併せて餃子も頼む。たんたんめんは辛いがうまい。餃子も小ぶりでしっかりした味が付いていてこれまたうまい。本当はビールが飲みたいところだが、明日のレースのことを考え、断念する。
宿への帰り際、岡島百貨店の地下に寄り、明日の朝食べる朝食の弁当と、レースに携行するペットボトル500ml×3本を仕入れる。夜もう少し食べたくなると困るので、小さな中華弁当も購入する。そして宿への道を戻る。
19時過ぎに宿に到着し、今日の受付時にもらったナンバーカードなどをザックから出して確認する。えんじ色のトレーナーはかなりいけている。かっこいい。今まではフロストバイトロードレースでもらったトレーナーを着てよく大会に出向いていたが、これからはこれを着て行きたい。(でも、もったいないか・・・)
続いてナンバーカード。私は初エントリーなので白地に黒でナンバーと私の名前、そして大会の名前がこう記されている。「第13回雁坂峠越え秩父往還143km走、甲府~雁坂峠~秩父~川越」。ゴレゴリーのザック、リアクターに1枚を安全ピンで付け、もう1枚を明日CW-Xのスタヴィライクスタイツの上に重ねばきするナイキの8インチショーツの左脚全部にラントップで装着する。これは安全ピンで衣類に付けると、体から出る塩分の影響なのかどうか分からないが、安全ピンからさびが発生し、Tシャツやパンツにさびが付いてしまうことがあったため、プラスチックで出来た、衣類の上下からナンバーカードを挟んでとめるラントップを使用している。
他には8つあるチェックポイントの通過時間を記入する用紙2枚と、海宝ロードランニングさんからの差し入れである「うるとらぱわー」というお塩が入っていた。
明日着るウェアは気象条件で2タイプ用意してきたが、雨も降らない、暑くなるという気象予報から、本当ならTシャツ短パン+スパッツにしたいところであったが、大会パンフレットに「長袖・タイツを着用することが望ましい」と書いてあったのを守ることとし、アシックスのトレラン用長袖シャツ、下はファイントラックのブリーフの上にCW-Xスタビライクスタイツとした。ファイントラックをタイツの下に最近はいているのは、実はタイツの縫い目の部分がお尻の辺りに当たって皮がむけることが何度かあって、アートスポーツ池袋店鈴木店長の勧めでこれを穿いているが、きわめて自分には合っているようだ。
そして靴下は絹で出来ているコクーンソックス。雨降りは今回はなさそうだが、突然の気象条件の変化があっても、また、雁坂峠で沢に誤って落ちても、このソックスを穿いていればすぐに足のそこはさらっとして、走ることにフラストレーションがたまらないようになるのでこれを愛用している。
そして頭を暑さや山の木々から守るためにランニングキャップと、太陽光から目を守るためにサングラスを用意した。首筋への太陽光は疲れと熱中症を招くと考え、今回もマジックキャップをランニングキャップの下に敷き、首筋に垂らして活用することにした。
一通り用意が終わり、明日走る地図を再度、本を読むように頭に記憶していく。地図をどうするかを今まで色々と考えてきたが、実行委員会から送られてきた5万分の1地図に、チェックポイントや注意点を書いた紙を貼ることにしている。この紙を何にしようかと考えてところ、たまたまいつもかんでいるロッテキシリトールガムのボトルの中に入っている薄い青色の捨て紙を使ってみようか・・・と思い、実際やってみるとこれが非常に都合がいい。暗い夜道や、昼間走りながら確認するときにも、視認性がよく、地図の部分と分けて目に飛び込んでくるのでとても重宝している。
準備を終えたら少しおなかが空いてきた。先ほどあれほど食べたのになあ、と思ったが、カーボローディングと自分に言い聞かせ、小さな中華弁当をほおばった。
明日の朝5時に目覚ましをかけ、携帯の目覚ましも併せてセットし、更にホテルの電話の目覚まし連絡もセットして布団に入る。しかし、時間は未だ21時。いつも0時近くに床についているため眠れる訳が無い。しかたなくTVを付け、本日最終回となる日本TVのドラマ「美丘」を見始めた。最近涙腺が弱い。始まって10分で涙が頬を伝う。結局9時50分の終了まで見続け、涙を流し続けることになった。
2時間近く、ベットの上で寝返りをうつ。なかなか眠れない・・・と思っているうちに深い眠りにつけたようだ。
朝5時10分前、目覚ましが鳴る前に目覚める。早速昨日買っておいたカレーピラフと家から持ってきた魚肉ソーセージ、そしてアミノバイタルを胃の中に納め、最後にガスター10を飲む。胃を最後まで持たせるためだ。そして昨日用意したウェアを着、ザックに入れるものを再度チェックする。行路の地図、タオル1枚、ティッシュ2つ、ボールペン2本(チェックポイント時間記入用、予備1本)、薬・バンドエイドなど、飲み物(お茶2本、スポーツドリンク、各500mlペットボトル)、ライト(60ルーメン、LED1灯)、替え電池単三2本、食べ物(魚肉ソーセージ3本、ブラン、アミノバイタル、ウィダー)、エマージェンシーホイッスル、デジカメといったところが持ち物だ。前回の川の道から進化したところは、魚肉ソーセージを入れたところだ。適度に塩分があり、しっとりとしていて食べやすく、しかも固形物ということでゼリー類とは違った「食べました感」があるので携行することとした。また、エマージェンシーホイッスルは、万が一、山で滑落などして自分の居場所を知らせるために必要と判断した。また、今回、2Lのハイドレーションも持ってきたが、直前で使用を取りやめた。理由は、ハイドレの中身が無くなった際に補充する手間がかかるということと、いろいろな味が楽しめない(ペットボトルなら1本ずつ別の飲み物を入れて楽しむことが出来る)からだ。暑さを考慮してスポーツソルトも用意している。塩抜けの怖さは2年前の徳島マラソンで経験済だ。
5時30分に宿を立つ。甲府駅の反対側、南口前のロータリーに数多のウルトラランナーがこぞっている。色とりどりの様々なウェアに身を包んだランナーたち。舘山さんのお話によれば、194名のエントリー、うち181名が出走とのこと。前にも書いたが、フルやハーフのマラソンと違い、スタート前の緊張感はあまり無い。また、スタート直前に割り込むような輩は皆無で、マナーのよさというか、これから一緒に川越まで走って旅行する団体ご一行様といった風情だ。スタートの5分前に大会の名前の書かれた横断幕を前にして全員で記念写真を撮る。皆微笑んでいる。私はこの瞬間が大好きだ。ゴールに一緒に向かう同志の明るい顔、顔、顔。よくお顔を拝見する方もいれば、初めての方もいる。仲良くともにゴールにたどり着きたいと思う瞬間だ。
6時、ピストルの音ではなく、たしかホイッスルの音でスタートしていく。皆、仲間とおしゃべりしたり、あるいは一人で淡々とロータリーを右折して最初の交差点、武田に進む。
武田交差点を右折し、大きな道(これを山梨側では「雁坂みち」と呼んでいる)をひたすら第一チェックポイントである広瀬湖に向けて進んでいく。甲府の標高は281mほどと、WEB上でランニングの距離が測れるソフトである「ジョギングシュミレーター」では表示が出ている。ここから広瀬湖にある第一チェックポイントまでの33.3kmをだらだらと上っていくことになる。気温は6時の時点で既に24度くらいか、かなり暑い。汗が吹き出る。やはり半そでのTシャツにすればよかったと悔やむ。山梨市駅付近まで140号線でもある「雁坂みち」を進んでくると、標高は330mほどになる。13kmで50mほど上がった勘定だ。まだ街中に毛が生えたようなところを進んでいるような感じだ。
さらにしばらく進むと、後ろから観光バスが数台追い越して行く。なかから多くの人が走っている我々を見て、ある人は手を振り、ある人は「がんばってー」と言っているのが、口の動きから見て取れる。バスの行き先を見ると、「貸切:巨峰の丘マラソン」と書いてある。ああ、そうか、確か去年も同じ日に大会があったとどなたかが言っていた。なにか同じランナーにエールを送られたようで、すこし元気が出てきた。
実は今回の大会では、私は爆弾を抱えて参加していた。8月末のつるぬまウルトラマラソンを終えたあと、ランナーズで特集が組まれていた「フォアフットランニング」つまり、足の前部で着地してばねを活かして前進する推力に変えていく走法をトライしようと何度か走ったら、右脚のハムストリングスに痛みが発生し、大会前に鍼を打ってもらって何とか間に合わせようとしたが、結局間に合わなかったのだ。したがって、右脚を地面に着く度に痛みがさざなみのように来て、どうにもこうにもこれでは最後まで持たないのではと思いながら走っていた。しかも、どんどん気温が上がり30度くらいになっていると思われ、暑さに弱い私としてはかなり苦しい闘いを強いられることになった。
ただ、不思議なもので、止めたいとは思わなかった。いけるところまで行こう、周りのランナーとともに前進しようとだけ思って走った。それは、私が所属する明走会の先輩である東山さんが以前おっしゃった「自分でリタイアするのはだめだ。最後まで頑張って走って、時間制限に間に合わず強制終了されるのは止む無し。」という言葉を私もそう思っているからだ。
そんなわけで、33.3kmを昨日ラーメン屋さんに行ったときの足取りと同じように、とぼとぼと走ったり歩いたりしながらなんとかたどり着いた。
第一エイド広瀬湖畔、標高1052m、33.3km地点。時刻10:44.ここまで4時間44分かかった。事前にシュミレーションしていた中では、10時に到着する予定だったので44分の計画からの遅れ。かなりへばっていたが、エイドでは長居しない、という教訓を守り、5分でそうめんとドリンクを頂き、ペットボトルに水とお茶を入れてスタートする。
このときエイドには20人くらいいただろうか。暑さでやられたのか、木陰で寝ているランナーも多くいらした。
34km地点に注意点「雁峠」に行かないという説明が前日の説明会であったが、私はその表示さえ見ることが出来なかった。余裕が無い証拠だ。
ここから更に1kmほど行くと、雁坂峠登山口という表示が出てきて、200mほど行った右に入る登山口に石灰で書いた「カリサカ⇒」という文字が地面に引っ張ってあった。
いよいよだ。今レースの最大の難所、雁坂峠だ。すぐ下には雁坂トンネルが見て取れる。ここをいけば秩父は目と鼻の先、ふとそんなことを思ったが、迷いを断ち切って山へ入っていく。最初はゆるい勾配であったが、途中沢が出現するあたりからかなりそれはきつくなり、シングルトラックから小さな小石が散乱するがれ場のような登山道に変わっていく。
ペットボトルに入れてある水とお茶は、上りの頑張りで体が水分を要求し、結局中腹を過ぎたあたりで尽きてしまった。仕方ないので、前を走っているランナーがやっていた、沢の水をペットボトルに汲んで飲むことにした。49年生きてきたが(しかも、田舎暮らしが長かったが)、沢の水を汲んで飲んだのは初めてで、腹を下したりしないか心配だったが、杞憂だった。とても冷たく、とてもまろやかで美味しく、ランナーの火照った体を冷やしてくれた。山に感謝!
13時4分、2084mの雁坂峠頂上に到着した。すこしガスが出てきて日差しが遮られて涼しく感じる。雁坂峠は日本の3大峠のひとつということだが、他の2つは一体どこなのだろう?雁坂の頂上では、4名の登山者が休息を取っていた。「どこまで行くの?」と聞かれたので、「甲府から川越までです」と言うと、「いやー、本当?」との返答が。きっと私が逆の立場でもそういっただろう。それくらい不思議な感じを持たれるレースなのだ。
峠を川又方面に下りて500mいくと、そこには雁坂小屋がある。ようやくの下り坂で、しかもすぐ先でエイドでの人の声がするのですこし飛ばす。小屋の50m手前で、私が左足をおいたと思ったところには、笹の葉しかなかった。道が無かったのだ。結果、足を踏み外して滑落・・・と思いきや、すぐに笹の枝を両手でつかみ、なんとか滑落を阻止した。足もなんともなくてよかった。
13時18分、第二チェックポイント、雁坂小屋到着、42km地点。2060mほど。すでにここでも多くのランナーが到着していた。昨日の説明では、「山のてっぺんなのであまりいいものはおいてありませんから・・・」と館山さんはおっしゃっていたが、まさかここでラーメンがいただけるとは思わなかった。うまい!エイドでは、新宿2丁目でお会いできるかのようなその道の方に扮した椿さんが獅子奮迅の活躍をされていた。柳沢さんにも声をかけていただいてとてもうれしかった。
そして山の清水をたっぷり頂いて、川又の第3チェックポイントを目指す。ここから先は山の巻き道となっていて、右側ががけとなっており、一瞬のミスでがけの下に落ちてしまう、結構危ないコースだ。初めてのコースだ、慎重に慎重を重ねることを旨としてゆっくり進んでいく。以前に比べトレイルの練習をすこし始めていることもあり、すこしは走れるとは思ったが、44km地点の巻き道が終わるあたりまでゆっくり進んだ。
さらにシングルトラックのトレイルを進み、37.5kmから51km地点まで続いた、13.4kmになる登山道に終わりを告げる。舗装された140号線に出て左折し、川又のチェックポイントを目指す。丁度このあたりで武蔵ウルトラマラソンクラブの舟橋さんと併走することになる。
第3チェックポイント、52km地点、川又の扇屋山荘には15:26到着。標高725m。長い、長い登山部分が終えてほっとする。ここでは私をカレーライスと明走会の仲間である八木さんが待っていてくれた。八木さんはこの大会のスタッフをすると聞いていたがどこで会えるか分からなかったが、会えてとてもうれしかった。あまりにカレーが美味しかったので、カレーのみ無理を言ってお替りさせていただいた。
そういえばここでも「おかみさん」にお会いした。確か第一チェックポイントでお会いしたような・・・。
第3チェックポイントを後にして国道の分岐点を左手、栃本関所跡方面へ進む。途中で、道の左手に日本の道百選に選ばれた「秩父往還道」の碑がお目見えする。更に歩を進めると、栃本関所跡が出現する。ここは武田信玄時代に、昔日本史の教科書で習った「入り鉄砲に出女」を取り締まったという関所が置かれていたところで、かなり重要な道の拠点であったことが分かる。丁度ここを過ぎたあたりで山ががさがさしていると思ったら、野生の猿が数匹姿を現した。写真を撮ろうとするとさっと姿をくらます、なかなかすばしっこい猿である。(写真中央にいますが、わかります?)しかし、廻りには民家もたくさんある場所だが、お猿さんがこんなに山里に近いところにいるところに、郷愁を覚えた。
56km地点あたりで、秩父湖が見えてきた。標高556m。直線で3kmほどの長さがあるダム湖だが、今年は雨が少ないことも手伝って、水量がだいぶ少ないようだ。湖の東のはしにダムが出現する。ここで左側の駒ヶ滝トンネルに入らず、右側の細い遊歩道をまっすぐに進んでいく。山は山だが、舗装された国道140号線を走るので、ラン自体は問題ない。但し、だいぶ山で脚を使ってしまったきらいがあるので、ここでは抑え気味にいくことにする。
第4チェックポイント大達原バス停前、67.5km地点、17:35着。標高375m。
ここの制限時間は20時だ。私が計画していたのは17:30なので、やっと計画ベースまでリカバリー出来たことになる。ちなみに計画したゴール時間は翌日の朝5時だ。夕方も近くなり、あたりも暗くなりつつある。朝から摂っていなかったガスター10をうどんとそばを頂き、カルピスウォーターを頂いたあとで服用した。これで深夜までもつだろう。
ここで大き目のたすきがけ出来る反射板と、頭にはヘッドライトを装着する。このライトは60ルーメンでかなり明るく、しかもライトの部分と電池の部分が分かれている(電池部分は後頭部に来る形)ため、重さが前側に偏っていないためバランスがよく、電池が単三1本で軽いので頭に乗せている違和感が無く使い易い。ただ一点問題なのは、電池の持ちが悪いこと。光量をすこし調整して電池の持ちをよくしようとしても、4,5時間しか持たないのが難点だ。
73kmを越えたあたりで、秩父鉄道の終点、三峰口駅が見えてくる。標高333m。秩父鉄道の線路が、140号に寄り添って秩父方面へと続いている。もう夜はとっぷり暮れている。77キロ地点の武州日野の駅ですでに19:04となっている。
80kmを過ぎて、やっとコンビニが登場。ここまでしばらくコンビニは無かった。ではなにも無かったかといえばそれはうそで、地元の商店が私達ランナーののどやおなかを満たしてくれた。第5チェックポイント秩父市熊木商店前、85km地点。標高267m、20:21到着。予定時間である20時からまた遅れ始めた。夜になったが気温は下がらず、街にある温度計の表示は24度となっていた。まだまだ暑い。9月の、そして秩父の気温ではない、そんな気がしてならない。エイドでは、ぞうすいとおしるこがあるという。私は迷わず雑炊を選択した。そして一杯あっという間にそれを完食し、さらに雑炊のスープのみを頂いた。おいしい!
エイドを出て3つめの信号、上野町交差点を右に折れ、国道299号をひたすら東に進む。299号は下り基調であるが、何箇所かの上り下りがあり、いまひとつ気持ちに余裕が持てない14.3kmの第6チェックポイントまでの距離を行くことになる。長いこと国道に寄り添ってきた秩父鉄道も芦ヶ久保駅を最後にしばらく離れ離れになる。
静かで、街灯も無く真っ暗な道を進むと、なにか不思議な感覚にとらわれる。以前観た映画の「未知との遭遇」のワンシーンが思い出される。きっとこの先に行くと、なにかとてつもない生物や飛行物体に出くわすのではないかという、そんな感じを覚える。
ゆっくり、ゆっくりと前へ前へ進んでいると、99.3km地点、名栗げんきプラザ先の第6チェックポイントに到着した。22:49、標高570m。また坂を上ってきた。かなり消耗している。ここではラーメンを頂く。食べるものが入っていくのはまだ胃腸が機能している証拠と理解した。ここでもまたツバッキーさん見参。妖艶な2丁目の雰囲気を正丸峠に持ち込まれていた。
このエイドのある二又を左側、正丸峠方面に1.5kmほど行くと正丸峠頂上だ。標高650mほど。ご一緒させていただいたつわもののランナーさんから様々なウルトラに関する情報を頂いた。深謝!
正丸峠の道は、ただのひとつも街灯がなく、椿さんがおっしゃるように、幽霊が出てもおかしくないような環境だ。しかし、それよりも怖いのは、夜になって出始めた、通称ローリング族。一番初めに見たスカイラインGTR新型の峠を攻める姿は美しかったが、その隣で行過ぎるのを見ている私達はとても怖い気持ちでいた。ローリング族の数は減っているということだが、少なく見積もっても、3,40台は行過ぎたと思う。
105.5km地点で、右手に正丸トンネルを見ながら左折して299号に戻る。ここからが正念場と心に言い聞かせる。110km地点の第7チェックポイント、飯能吾野のロックガーデンカフェには、日付が変わり20日(月)0:30に到着した。計画していた目安となる時間は1時だったので30分のゆとりが生まれたことになる。しかしもう電車は無い。リタイヤするわけにいかない、ともう一度自分に理解させる。標高234m。
ここでも女将登場。大活躍。うどんとヨーグルトがあるということだったが、私はフルーツの入ったヨーグルトを頂くことにした。甘くて美味しい!甘露甘露というが、きっとこういうことをいうだろうか?赤飯のおにぎりも最後ということで半分頂いた。これまた美味しい。
ここを過ぎて右に左に川と併行して道は前へ進んでいくが、私の脚は遅々として前へ進んでくれない。地面を蹴る力が無くなり、ただ単純に足を前へ置いているだけとなっている。途中でおなかが張ったため、121km地点にあるコンビニに入り、トイレを借りたが出ず、逆に和式のトイレに座ろうとしたため、太ももの前側の部分が引きつるような状態になり、そこでしばらく休まなければならないような状態となってしまった。仕方が無いので、脚がなんとか持ち直すまで、アイスクリームのスーパーカップを食べることにした。
私はアイスクリームをマラソン中に食べたことは無いが、以前何度か走ったことがある荒川マラソンの35kmあたりのエイドで出されるシャーベットの美味しさにはいつも元気付けられていたのを思い出す。私はアイスクリームの中でもバニラ、そのなかでもスーパーカップが好きなので迷わずそれを選び、コンビニの駐車場の車止めのブロックにべたっと腰掛けて平らげた。ここで15分弱を使ってしまったようだ。折角今までエイドで10分以上費やさないと決めていたのに残念だが、仕方なしとあきらめ、残りの22kmをなんとか完走すべく気持ちを切り替えた。
2:44、124.6km地点第8チェックポイント、日高市久保交差点に到着。予定では3時だったので余裕があるように思えていたが、実際はあと18.4kmを3時間で行かなければならず、しかも余力が無い脚には、残り時間の少なさは容赦なくプレッシャーを与え続け、更には、「時間内でなくても完走すれば、準完走だよ」という悪魔のささやきが聞こえてくる。時間は無いが、ここの名物、いくら山かけ丼をいただく。うまい!美味しい食べ物からエネルギーをもらって体をリスタートする。
脚は限界に近づいていることを私の頭が認識している。しかし先を急がなければならない。そのためには無理を承知で脚を前へ踏み出し、走っていかねばならない。
ありがたいのは、そんな時行動を共にする前後のランナーの姿だ。私と同じようにものすごく疲れ、ものすごく脚が痛く、ものすごく歩きたいという誘惑に駆られているはずだ、でもその人たちはゆっくりだが走ってゴールへの距離を縮めている、そう思ったらなぜかすこし元気が出てきた。人間はやはり気持ちの生き物だ。それから気合、気合だ、気合だと、アニマル浜口のように、何回も何回もそのことばを繰り返し、繰り返しつぶやき、前に進む力に変えた。
日高の市内を走る県道15号線は川越まで続いているが、途中で大きな道路と2つ交差する。まず一つ目が圏央道だ。ここを過ぎたあたりで一人のランナーと声を交わした。「あと10kmですね」「そうですね、頑張りましょう!」
それから1時間ほどして、関越自動車道の高架をくぐる。あと5kmだ。ここでもランナーと会う。「あと5kmですね」「もうすこしですね」。こうなると本当にこころざしを同じくする同志のような感じが更に強くなっているのが分かる。最後までなんとかたどり着きたい、そう強く思った。
入間川の橋を渡る。誘導の方が立っておられて、「橋を渡ると川越の街が見えてきますよ」とおっしゃった。苦しんで、苦しんでここまできた。何とか時間内に完走したい。
兎に角走った。歩いているのと同じ速度しかないが、走ることを止めなかった。それが自分の限界への挑戦とわかっていても止めなかった。
5時を過ぎ、川越の街は夜のとばりが去り、空がしらじらと明るくなってきた。ラストスパート、といっても歩くスピードで前へ進む。
市内の連雀町交差点を直進し、一つ目の交差点を右折、100mほど行った交差点を左折して、稲荷神社前の小さな路地を右折してしばらく行くと、川越湯遊ランドの駐車場が見えてきた。ああ、やっと帰ってきたという安堵感と、ゴールテープを切るという完走者だけに与えられる特権を享受できる喜びを胸に、加藤さんともう一人のチャイナドレスのお姉さんが持つゴールテープを切った。そして、大会委員長の舘山さんとがっちり握手をさせていただいた。
タイムは、23時間32分34秒。全出走者181名中83位、完走者112名、時間内完走者101名であった。
次回もし出場する機会があれば、私は340番という黄色に黒字の文字の入った永久ゼッケンをつけて走ることが出来る。誰に自慢するわけでもなく、他人とタイムを比べて一喜一憂するわけでもなく、ただ単純に走りきれたことへの思いが、今、私の中に溢れている。走り始めたときに痛みを感じていた右脚ハムストリングスは、大会中は他の部分の筋肉がその部分をカバーすべく動いたからか、終わった直後は、痛みは増幅していなかった。逆に、他の部分の痛みが酷かったため、相対的に痛みが無いかのように感じたのかもしれない。
走りきれた喜びと充実感は非常に強かった。涙もろいというのに泣かないのか、という話もあろうが、もしかしたら土曜に見たドラマの「美丘」で今日の分まで涙を使い果たしたのかもしれない。

いつもながらおもてなしの精神と飾らないハートで私達ランナーに尽くしてくれるスポーツエイドジャパンの皆さん、奥武蔵ウルトラランニングクラブの皆さん、そして大会を影で支えていただいたスタッフの皆さんに心から感謝して、この完走レポートを終わります。

以上。



費用
エントリー代: 12000円
交通費:  2800円(新宿~甲府、特急料金含む。金券ショップで購入)
  300円(東上線川越~和光市)
  710円(和光市~自宅までのタクシー代)
宿泊費:  4980円(サンパークホテル内藤)
飲食代:   126円(スーパーカップアイス)
  206円(1Lのお茶2パック)
 1003円(岡島百貨店で購入したペットボトル3本、弁当代)
 1300円(六角亭、たんたんめん大盛、餃子)
合計23425円
以上。